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ここに至るまで。その2

前回までのあらすじ。
京都の製陶所に生まれた高島大樹。
ボンボン生活を堪能していたある日、大学から卒業危惧の
非情な通知が届く!!
いったいどうなるのか!?

大学からの通知を受け、留年を回避すべく1回生ばりの
受講を続け、なんとか卒業をむかえたのですが、就職活動も
ままならず、今度は就職浪人の危機を迎える。
自分の行く先で思案に暮れる私に父が「訓練校行ったらどや?」
そう、陶芸界の虎の穴、京都府立陶工訓練校の事です。
(現在の京都府立陶工高等技術専門校)
渡りに船。。。京都の製陶所の息子なら優先で入校できるという
甘い考えで入校を決めました。
しかし訓練校は甘くありませんでした。
他の人達は入校試験の高い倍率をくぐりぬけ、真剣そのもの。。
職人を目指す者、作家を志す者。。
何の目標もなく入校した私にはショックでした。
じゃあ、イッチョ頑張るか!!!しかしその誓いも虚しく生来のボンボン癖が
抜けきれぬまま1年が過ぎ、
またもや甘い考えのままに今度は京都市立工業試験場窯業科に
進みました。工業試験場でも、のほほ~んと1年が過ぎ、
いよいよ追い詰められ就職活動をせざるを得なくなりました。
そこで選んだのが奈良の茶道具卸会社の製造部だったのです。
無事就職をし、3年a0284133_13274839.jpg目を迎えたある日、父から一本の電話がありました。
「京都に帰ってこい。」


今回はこのあたりで。。次回に続く。。。
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by domingosdomingos | 2012-09-02 13:32

ここに至るまで。その1

a0284133_21204222.jpgまずはじめに私、高島大樹がなぜ陶芸を生業としたのかというところから
書いていきたいと思います。

私は昭和40年に京都、東山区の製陶所の家に生まれました。
祖父が始めた製陶所で主に割烹食器を量産していたそうです。
私の子供の頃は轆轤師、絵付師、窯焚き、事務、等々約20人程の
人達が働いていたと記憶します。
その頃の父はやはり陶芸のオブジェを創っていました。
時代は高度成長期。
陶磁器の需要は飛ぶ鳥を落とす勢いだったのでしょう。
ここまで書けば堂々とした陶器屋のボンボンなのは
お解かりいただけると思います。
私が中学2年生の春、祖父が急逝し、父がその跡を継ぐ事になり、
オブジェも創り続けておりました。
私は大学生になりボンボンをいいことに毎日授業にも出ず、遊びとアルバイトに
明け暮れておりました。
その頃は陶芸を仕事にするなんて全く思ってもいませんでした。
しかし大学の4回生を迎え、私の行く末に暗雲が立ちこめてきたのです。
そう、遊び呆けていて「卒業が危ぶまれる」と大学から通知が届いたのです!!(汗)

今回はこの辺りで。。次回に続く。。。
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by domingosdomingos | 2012-08-31 21:28

ブログはじめました。

はじめまして。
高島大樹と申します。
京都に生まれ流れ流れて奈良県は生駒市で
器を中心とした陶磁器製作をしております。
日々の生活が潤うような器づくりをこころがけております。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

高島陶磁器製作所
所長  高島大樹




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by domingosdomingos | 2012-08-31 14:03