ここに至るまで。その1

a0284133_21204222.jpgまずはじめに私、高島大樹がなぜ陶芸を生業としたのかというところから
書いていきたいと思います。

私は昭和40年に京都、東山区の製陶所の家に生まれました。
祖父が始めた製陶所で主に割烹食器を量産していたそうです。
私の子供の頃は轆轤師、絵付師、窯焚き、事務、等々約20人程の
人達が働いていたと記憶します。
その頃の父はやはり陶芸のオブジェを創っていました。
時代は高度成長期。
陶磁器の需要は飛ぶ鳥を落とす勢いだったのでしょう。
ここまで書けば堂々とした陶器屋のボンボンなのは
お解かりいただけると思います。
私が中学2年生の春、祖父が急逝し、父がその跡を継ぐ事になり、
オブジェも創り続けておりました。
私は大学生になりボンボンをいいことに毎日授業にも出ず、遊びとアルバイトに
明け暮れておりました。
その頃は陶芸を仕事にするなんて全く思ってもいませんでした。
しかし大学の4回生を迎え、私の行く末に暗雲が立ちこめてきたのです。
そう、遊び呆けていて「卒業が危ぶまれる」と大学から通知が届いたのです!!(汗)

今回はこの辺りで。。次回に続く。。。
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by domingosdomingos | 2012-08-31 21:28
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